第八回 「謎のストーンサークル」
前回紹介した「歌仙桜の碑」がある、わたしたち地元民が「第二公園」と呼んでいる八幡宮と深川不動の真ん中に位置する公園には、なーんと、謎のストーン・サークルがあるのです・・・・・・・・下の写真がそれ・・・・・・ってオイオイ、ただ石が並んでるだけだろうって、まあその通り。ただ、一見何の変哲も無いこの石の数々をじっと観察して、いろいろ推理をめぐらせてみると、なんだか面白いことが浮かんできます。
左の一番上の写真の、六角形だったり花模様の形に彫刻してある石は、どう見ても石灯籠の礎石。この上に、礎石の大きさから考えると、結構立派な石灯籠が立っていたんでしょうね。ではなぜ、こんな公園の隅っこに石灯籠があったのか。なんでその石灯籠のいまやただの礎石が、後生大事に保存されているのか。
ここで、前回の「歌仙桜の碑」を思い出してください。そうです、この公園は歌仙桜の碑があるくらいで、かつての江戸名所「永代寺庭園」の一部だった場所なのです。ほーらね、だんだん盛り上がってきたでしょ。そう、そう考えると、かつてここにあったであろう石灯籠は、かつて永代寺庭園にあった由緒正しき石灯籠なのかもしれません。地震かなにかで倒壊し、再建されぬまま今は礎石しかないけど、この礎石はもしかしたら江戸時代の、それとも明治時代?
そう考えると、礎石のすぐ後ろの石に彫られている不気味な獅子も、俄然気になってきます。この獅子、ただの石にむき出しにいきなり彫られて彫られっぱなしになっている獅子なのですが、よーく見ると、なかなか精巧で、歯の感じとかなんだかこわい。これもじつは、石灯籠と対のもので、古いものなのでしょうか。
それに、この公園、どう考えてもその辺の児童公園でしかないのに、そこここに、立派なありがたそうな大石がいくつも置かれています。これは、広いほうのもうひとつの深川公園も然り、かつては深川不動尊にも大石はいくつかがありました。この界隈、なぜか立派な大石だらけなのです。やはり江戸から続く、現在の深川の名庭園である「清澄庭園」には由緒正しき立派な大石がたくさん置かれており、それがひとつの名物であったようですが、そう考えると、この界隈に無造作に置かれている大石も、名庭園だった「永代寺庭園」にあったものだ、と推理するのも、あながち外れてはいないでしょう。
これらの石、いまや子供たちが乗っかって遊びますから、角が取れてすべすべになってしまっているものがほとんどです。いやあ、かくいうわたしも、小さい頃これらの大石に乗っかって遊びました。わたしの子供たちもおんなじように、この石で遊んでます。その大石が、実は江戸時代のもので、あの名庭園に飾られたもので、人々の賞賛を浴びていた石だとすると・・・・・なんだか楽しくなってきます。「謎のストーン・サークル」ほらね、なかなか面白いでしょう?
(この記事は2006年に書かれたものです)